Let's  cook  Thailand

タイ人の食事様式

“ヌーベル・アハ〜ン・タイ その2” 〔「アハーン」=「Cuisine」〕
 
 地図を見ていただくと良く分かるが、タイ王国を地図上で見ると北部は幅広く、大きな川が流れ、南部にいくにしたがって幅も狭くなり、海に囲まれてくる。
国の面積はほぼフランスと同じ大きさで、実は日本の約1.4倍もある。
また近隣諸国とは陸続きなので、各地方ではそれぞれ隣接国の影響を受け特色のある料理が発達してきた。
 
 北部はミャンマー(ビルマ)やその隣のバングラディッシュ、インドに近いスパイス、料理法を使う料理があるし、東北部はラオスと同一の国だった歴史があるので、料理だけでなく言葉(方言)までラオス語とよく似ている。

マレー半島に属する南部は非常に多くのバリエーション豊かな海鮮料理が存在しており、またマレー(回教徒)色の強い料理も多くなっている。
そして国全体の「タイ料理」としては、前回述べた通り、現代のタイ社会自体が華僑人の存在は欠かせない状態であるので、中国(特に広東・潮洲)の影響を多大に受けた料理が国内の隅々にまで浸透している。 

中国料理から派生してタイ料理になった料理もかなりある。タイ料理としては比較的有名な「カオ・マン・ガイ(茹で鶏のせご飯)」も中国料理店では「海南鶏飯」と書いてあり、中国・海南島から伝わってきたという事は定説になっている。
 
ここで、題目の「新・タイ料理」であるが、タイ料理の歴史を見てみると、16〜17世紀に中南米原産の唐辛子が、欧州を経て東南アジアにまでもたらされてからというものの、常に諸外国の影響を受けながら、「新タイ料理」が創造され発展し続けてきている。

その中の流れの一つが中国移民がもたらした中国風・タイ料理であって、今では一般的になっているタイ料理もつい数百年前に誕生したときは「ヌーベル」であったはずである。 
 
その外国との距離が近代において一気に縮まり、昔では考えられなかったようなアジア以外の世界中の料理がタイにもあっという間に入ってきた。全く異なる文化同士、重なること(足算)はなくとも交わること(乗算・掛け算)は可能で、そこから新たな文化(=料理)がドンドンと無限に出てくる気がする。

バンコク市内の外国籍料理店を巡ると、スタッフはタイ人だけではなく、どこの店にもそこの国の人が腕をタイ人スタッフと共に振るっていることが多く、非常に多くの文化の乗算が現在進行形で行われているのである。

 

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